お問い合わせはこちら
コンクリート構造物の補修・補強に関するフォーラム、コンクリート構造物の補修・補強材料情報
Googleサイト内検索

2019年10月10日 マテリアルステージ

コンクリート構造物の劣化と補修技術
江良和徳 (一社)コンクリートメンテナンス協会 技術委員長

2019年10月10日 マテリアルステージ | 一般社団法人コンクリートメンテナンス協会

1 はじめに

 戦前、戦後を通じて蓄積された膨大な量のコンクリート構造物は年月の経過とともに老朽化が進んでおり、「建設の時代」から「維持管理の時代」へ移行しつつある。さらに、コンクリート内部の鋼材腐食に起因する塩害や 中性化、反応性骨材の吸水膨張反応に起因するアルカリシリカ反応など、主に化学的要因によって進行するコンクリートの劣化も深刻さを増している。このように老朽化または劣化により耐久性能、耐荷性能が低下した膨大なコンクリート構造物を全て更新することは経済的に困難であり、適切な補修を行うことによって構造物の長寿命化、延命化を図ることが急務である。
 そのような社会情勢を鑑み、本稿では特に塩害により劣化したコンクリート構造物を対象とし、劣化メカニズムを整理したうえで劣化機構に応じた補修の考え方について論じる。

2 塩害の劣化メカニズム

 塩害とは、コンクリート中への塩化物イオン侵入に起因する鋼材腐食によってコンクリート構造物の性能が低下する劣化現象である。一般に、コンクリート中の細孔はセメントの水和反応による飽和水酸化カルシウム水溶液で満たされており、飽和水酸化カルシウム水溶液の pH 値が12~13であるためコンクリートは強アルカリ性を示す。このような高アルカリ環境の中にある鋼材表面には酸素が化学吸着して緻密な酸化物層が生じることにより、厚さ数nm程度の不動態皮股(γ-Fe2O3・nH2O)が形成される。その不動態皮膜によってコンクリート中の鉄筋は腐食から守られる(不動態化する)といわれている。しかし、コンクリート中に許容濃度以上の塩化物イオン(Cl-)が存在する場合、鋼材表面の不動態皮膜が破壊される。コンクリート中には十分な量の酸素と水が存在するため、不動態皮膜が破壊されると鋼材は酸化反応を起こし、腐食が開始する。コンクリート中への塩化物イオンの侵入経路としては、①沿岸部の海水飛沫や冬季間の凍結防止剤散布などによる塩化物の浸透(飛来塩分)、②海砂や塩化物含有混和剤の使用など、コンクリート材料に由来する塩化物(内在塩分)などが考えられる。そのような原因によりコンクリート中の塩化物イオン量が腐食発生限界濃度を超えた場合、不動態皮膜は破壊される。
 不動態皮膜が破壊された後の鋼材腐食は電気化学的反応として図1のように表すことができる。アノード反応は電子2個を鋼材母材中に残して鉄がイオンとなって溶出する反応であり、そのアノード反応によって生じる電子を消費するのがカソード反応である。この2種類の反応が同時に起こるのが鋼材腐食反応であり、反応の進行に従い水酸化第一鉄、水酸化第二鉄、赤錆が生成される。鋼材が腐食すると腐食箇所の体積が2.5倍程度に膨張するため、その膨張圧によってコンクリートにひび割れが発生する。そのひび割れを通じて水分、酸素、塩化物イオンなどの劣化因子の侵入が容易になるため、さらに鋼材腐食が促進され、コンクリートはく離やはく落、鋼材の断面滅少などを生じ、構造物の耐久性能および耐荷性能が低下する。これが塩害によるコンクリート構造物の劣化メカニズムである。塩害により劣化したコンクリート構造物の例を図2に示す。

3 劣化機構を考慮した塩害補修の考え方

3.1 塩害補修の基本的な考え方

 塩害の補修工法を選定するにあたり、劣化メカニズムを十分に考慮し、現時点での劣化状況や将来の劣化予測に基づいて補修工法に要求する性能を定める。さらに、対策後にこの構造物をどのように維持管理していくかという方針(シナリオ)も検討する。この維持管理シナリオは残存供用年数を設定した上でライフサイクルコスト(以下、LCC と称す)も考慮して策定する。これら「工学的判断に基づく補修要求性能の設定」と「LCCを考慮した維持管理シナリオの策定」を総合的に評価することで最適な補修工法を選定できると考えられる。それらを踏まえて、劣化過程と適用可能な補修工法との関係の例を図3に示す。以下、劣化過程ごとに塩害の補修工法選定の考え方について示す。


3.2 劣化過程に応じた塩害補修の考え方

3.2.1 潜伏期


 潜伏期は塩化物イオンの侵入の兆しが見られるものの、その濃度はまだ腐食発生限界に達していない状態を指す。現時点では鋼材が腐食する理由はなく、外観には何ら変状が見られない状態である。潜伏期における対策工への要求性能は、『外部からの劣化因子の侵入抑制』に尽きる。この段階で塩化物イオン侵入を阻止できれば、将来的にも鋼材腐食が生じることはない。この要求性能に適する工法は表面含浸工法または表面被覆工法 で、最も上流側の予防保全的な遮用となる。ここで、塩化物イオンの拡散予測の結果次第では腐食発生限界濃度を超えるまでに十分な余裕がある場合も想定される。その場合はすぐに対策工を施さず、しばらく経過観察を行うという選択も考えられる。


3.2.2 進展期

 進展期は鋼材位置における塩化物イオン量が腐食発生限界を超えた状態を指す。すなわち、既に不動態皮膜は破壊され、鋼材腐食が開始している可能性があるものの、まだひび割れなどの変状は生じておらず、潜伏期と 同様に外観には何ら変状が見られない状態である。したがって、進展期における対策工への要求性能は、『外部からの劣化因子の侵入抑制』に加え、以後の 『鋼材腐食の進行抑制』となる。既に不動態皮膜を破壊するのに十分な塩化物イオンは侵入しているものの、水分や酸素の侵入を抑制して鋼材腐食速度を緩和させることにより、ひび割れ発生などの変状の顕在化をできるだけ阻止することを考える。この要求性能に適する工法は、表面含浸工法または表面被覆工法となり、変状が生じる前に施す対策エとなるので予防保全の範疇と考えられる。一般的には表面含浸工法は潜伏期に適用される補修工法に分類されるが、鋼材腐食抑制効果を併せ持つ表面含浸工法または表面被覆工法を選択すれば、『鋼材腐食の進行抑制』という要求性能にも対応できるため、進展期に対しての適用性がより高まる。鋼材腐食抑制効果を併せ持つ表面含浸工法として、亜硝酸リチウム併用型表面含浸工法の概念図を図4に、その施工状況を図5に示す。
 ここで、近年着目されている亜硝酸リチウムについて概説する。亜硝酸リチウムとは亜硝酸イオン(N02+)とリチウムイオン(Li+)を有するコンクリート補修材料であり、亜硝酸イオンは鋼材の不動態皮膜を再生する効果があり、塩害や中性化などの鋼材腐食に起因する劣化の補修材料として活用されている。一方、リチウムイオンはアルカリシリカゲルを非膨張化する効果があり、ASR劣化の補修材料として活用されている。


3.2.3 加速期前期

 加速期前期は鋼材の腐食膨張圧によってひび割れやコンクリートの浮きなどが発生している状態を指しており、鋼材位置での塩化物イオン量が腐食発生限界濃度を超えていることは言うまでもない。加速期前期における対策工への要求性能は、『外部からの劣化因子の侵入抑制』および『鋼材腐食の進行抑制』となる。鋼材腐食の 進行によってひび割れやコンクリートの浮きなどの変状が生じているため、まずはひび割れ注入工、部分断面修復工および表面保護工(含浸または被覆)を組み合わせて劣化因子の侵入を抑制することで鋼材腐食速度を緩和させ、これ以上の変状の増大を阻止することを考える。ここで重要なのは、これらのエ法の組み合わせは鋼材腐食反応を完全に停止させ得るものではないため、将来的には再劣化を生じる可能性を考慮しておくという点である。つまり、現時点での劣化状況に対して最小限の対策を講じ、再劣化が生じれば速やかに再補修を行うという維持管理のサイクルを想定する考え方となる。ここで、適用する各工法に鋼材腐食抑制効果を併せ持つ工法を選択することにより、『鋼材腐食の進行抑制』という効果が付加され、再劣化が生じるまでの期間を少しでも延長し得る可能性があるため、より適用性が高いと考えられる。鋼材腐食抑制効果を併せ持つ各種補修工法として、亜硝酸リチウム併用型ひび割れ注入工法の概念と施工状況を図6および図7に、亜硝酸リチウム併用型断面修復工法の概念と施工状況を図8、固9に示す。


3.2.4 加速期後期

 加速期後期は、加速期前期の変状からさらに進行した状態を指しており、著しいひび割れ幅や延長の増大、コンクリートのはく離、はく落範囲の増大などが見られる過程である。もし劣化過程が加速期後期を過ぎると劣化期に陥ってしまい、耐久性能だけでなく耐荷性能を損なう状況となるため、もはやこれ以上の性能低下を許容することはできない。したがって、加速期後期における対策工への要求性能は、『鋼材腐食の進行抑制』に尽きる。変状が著しいこの段階で確実に鋼材腐食を抑制するためには、電気防食工法や亜硝酸リチウム内部圧入工法など、塩化物イオン存在下でも鉄筋腐食を完全に停止させる工法の適用を検討する必要がある。また、全断面修復工法 によって鋼材周囲の塩化物イオンを完全に除去し、鋼材の防錆処理を完全に行い、鋼材腐食環境を改善することも考えられる。これらのエ法を適用することで以後の鋼材腐食のリスクを低減し、塩害進行によるコンクリート構造物の性能低下を確実に抑制することが可能となる。鋼材腐食を根本的に抑制しうる工法の例として...